2021年3月20日(土・祝)に気候市民会議さっぽろ2020報告シンポジウム「市民の対話でつくる脱炭素社会の将来像」を開催しました。このレポートでは第2部、第3部のディスカッションの様子をお届けします。(第1部も含めたシンポジウムの様子はこちらで公開しています。)
第2部では、参考人やアドバイザー、実行委員会のメンバーなどとして気候市民会議の開催に関わった6人のパネリストが、投票結果から何を読み取り、それをどのように生かすべきかについて議論しました。
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パネリスト(所属・肩書きは当時)
進行:三上直之(北海道大学准教授、気候市民会議実行委員会 研究代表者)
コメント:金子正美(RCE北海道道央圏協議会会長、酪農学園大学教授)
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―第2部「ディスカッション1:「気候市民会議さっぽろ」結果の読み解き方・生かし方」と題して、気候市民会議の結果について議論していきたいと思います。今回の気候市民会議では、札幌市全体の縮図となるように一般から無作為抽出で選ばれた参加者20人が、札幌が脱炭素社会への転換をどのように実現すべきかをテーマとして、昨年11月から12月にかけて4回にわたってオンラインで議論をしました。その中で、8つの主要な問いを対象として投票を行い、意見を取りまとめました。投票の結果、全体として参加者の皆さんは「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」という目標を無理なく実現できる対策を求める意見で一致しました。さらに、全体の35%(7人)の参加者は、より早い段階の実現を目指すべきだと考えていることも分かりました。一方で、脱炭素社会の転換を実現した将来の札幌のまちの姿に関しては、例えば自転車やマイカー利用のあり方、経済社会システムの姿、ライフスタイルの変革といった点を中心として、望ましい社会像・将来像については意見が分かれ、今後さらなる議論が必要な部分も見えてきました。ここでは、この会議結果を札幌でどう生かしていくのかについてディスカションします。
まずパネリストのみなさん、それぞれの視点から、気候市民会議の報告書の読みどころについて、具体的にハイライトして取り上げるならばどこになるでしょうか。理由も併せてお願いします。
久保田:市民の皆さんに40項目にわたる多様な気候対策についての支持度を尋ねた結果が一番興味深いと思います(報告書26ページ)。市民の皆さんの「重要度が高い対策」と「判断が分かれた対策」を、こうした形で見える化したのは初めてではないでしょうか。特に、判断が分かれる対策は、世論形成に向けた議論や情報発信がより必要だと分かり、政策を作るための十分な情報を得たと思います。これは、市役所内の調整や議会等の既存の政策形成プロセスでは見えてこなかった部分です。精神論ではなく科学的な根拠に基づき、どの政策に議論の時間をかけるのかを考える上でも貴重な成果だと思います。ただし、今回、気候変動の政策と教育や福祉等、他の政策についての優先度を比較したわけではありません。そのことを合わせて考えると、判断が変わる可能性もあるので注意が必要だと思います。
原:私の分野である「移動と都市づくり」については、非常に意見がばらつき、何か一つ優先度が高いものが示される結果とはなりませんでした。この背景として、参加者個人の置かれている状況、例えばマイカーから代替交通に転換するときに、自分の周りに代替の交通が見当たらない、家族の事情でマイカーを手放せない等々、個々人の属性が結果に影響したと考えられます。特に移動と都市づくりの場合においては、多様な個人属性の中で、何か一つの優先順位を高めることは難しいという感想を持ちました。
岡崎:私は、Q2やQ5、Q8※の回答に「情報提供や情報発信の重要性」、「双方向コミュニケーションが重要である」という意見が挙げられていたことが、非常に興味深かったです。私たちが講演会を行うときも、必ず同じ意見が出るんです。ただし、それは参加者の方たちが講演の中身に満足、納得したときに出てくる意見です。そのことを考えると、今回の気候市民会議は私たちがやっているものよりも、ずっと丁寧で分かりやすい情報提供が行われたので、参加者の多くが新しい発見や満足、納得を得られたのだろうと思いました。今回の参加者の方は、分かりやすい丁寧な情報提供が行われると、脱炭素社会に向けた行動をする人が増える、と実感したのではないでしょうか。
※選択肢の詳細は報告書P19-20を参照
山西:行政の立場から見ると、Q2やQ8の中で、情報提供が幅広く支持されており、その重要性を改めて感じました。これについてはどのようにアプローチしていけば伝わるのか、いつも悩みながら取り組んでいます。知識や情報をどこから入手するのか、といった市民アンケート調査をすると、全体としては複数回答の中で、テレビが9割、新聞が6割、ネットニュースが5割という結果が出ており、その辺りがアプローチしやすいと思っています。今回の気候市民会議の取り組みが多くの方々に関心を持っていただけたのは、報道機関の皆さんに取り上げてもらったことが大きな要因であると考えています。また、情報発信に加えて、気候市民会議のような場を使って様々な方と対話をすることが重要です。今回は市民の方が対象でしたが、事業者の方とも議論、対話を行っていきたいです。
江守:私はQ3について、脱炭素を目指す時期は日本のどの都市でも2050年でおおよそ足並みが揃っていますが、それよりも早い可能性を考えるべきという方が35%(7人)いたことが、今回の特徴的な結果だったと思います。理由として挙げられた「前倒しで目指すぐらいでやってみて、ちょうど2050年ぐらいになるんじゃないか」という考え方が非常に面白かったです。例えば、デンマークのコペンハーゲンは2025年の脱炭素を目指していますが、デンマークの人に聞いたら「多分無理だろう」と言っていました。ただ、彼らは2030年には脱炭素を実現するかもしれないので、それでも十分トップランナーになるわけですよね。その話を聞くと、「なるほどそれもありかもね」と賛成する人も出てくるかもしれません。
―今江守さんの話にあったように、排出実質ゼロの「実現の時期」(Q3)について、参加者の35%(7人)が2050年よりも早い時期の実現を支持しました。ただ、「Q2 基本的な方針」を見ると、「段階的で継続しやすい、無理のない取り組み方を考える」という項目が多数の支持を集めていました。この一見矛盾したような結果をどう読み解き、札幌における脱炭素社会を考えていけばよいのか、議論してみたいと思います。江守さん、いかがでしょうか。
江守:これは一つの見方として、もっともな意見だと思います。極端な取り組みをして、再生可能エネルギーを推進する。その結果、自然破壊になりました、人々の生活は不便になりました、それでも急ぎます、とはなりませんよね。非常に急ぐ方がよいのだけれども、やはりよく考えて無理がないかたちで取り組むこと。様々なところに負担がいくのではなく、人々がメリットを感じられるような、そのような取り組みとして“急ぐ”ということを考えなければならない。脱炭素の取り組みをやることによって、例えば家の断熱が良くなれば快適になるし、再生可能エネルギーが普及すれば停電の時も使えます。そのようなメリットを享受してみんなが納得して、だけど最大限急いでいると。そういうことを考えていかなければならないと私は受けとめました。
―先程、原さんからも「Q7 移動と都市づくり」に関してはかなり意見が分かれているという話がありましたが、いかがですか。
原:厳しい見方かもしれませんが、総論としては賛成だけれど、自分事としてはそんな簡単にはいかないよ、という意見ではないでしょうか。段階的に無理のないという考え方は非常に受け入れられやすいですが、移動と都市づくりにおけるCO2の問題は、そうした考え方で対策を進めることは難しいと思っています。気候変動そのものに対して、札幌市民の方々の危機感は、欧米などと比べると低いのではないかと思います。
―岡崎さんには気候市民会議において、札幌市民の選択として、脱炭素型のライフスタイルの転換をしていくことができるのか、そのためにどのようなことを促していけばよいか、という観点で情報提供をいただきました。この結果はどのようにご覧になっていますか。
岡崎:参加者の方が「無理のない段階的な取り組み」を支持されたことは、鋭い指摘だと捉えました。現在、脱炭素社会へのトランジション(移行)という言葉がよく使われますが、そのことに関連しているように思います。私も、研究者の方々の話を聞いたりして、脱炭素社会へのトランジションは、一足飛びには難しくて、取り組み方を修正しながら、段階的に進めていくことが必要であると理解しています。そのため、今回の意見は、トランジションの性格を的確に捉えているのではないかと思います。また、トランジションを進めていく中で、置き去りにされたり、不利益を被ったりする人たちへの配慮が非常に重要であるという意見がたくさん出ており、印象に残りました。もう一点、今回、10年後や20年後の社会における「ありそうな変化」を基に議論するのが難しかったように思います。どのような方法であれば、そうした議論が可能かを考えていく必要があると思います。
―久保田さんにもお聞きします。市民会議では政策の重要度がマッピングされたことは意義あることだとのお話がありました。市民の考えは、原さんの意見にもあったように少し厳しく見れば意識が低いと捉えることが可能ですが、岡崎さんがおっしゃるように、トランジションの考え方からは決してそうとも言えないかもしれない。この辺り、どうお考えでしょうか。
久保田:Q1で重要度の見える化をしたときに判断が分かれる対策がありました。それは、どちらかといえば経済や社会の仕組みを変えていかないといけない部分で、個人の力では実現が簡単ではない部分や個人の価値観に関わる問題があります。例えば「移動の必要の減少」や「現在と変わらないライフスタイル」等は判断が分かれると思います。1/3の方が早い段階の実現を支持したことには非常に勇気づけられますが、逆に2/3の方はそう考えなかったという事実もあります。生活の質はどう変わるのか、札幌で暮らしていくこと、都市の魅力がどう変わっていくかということとエネルギー対策をセットで考えていくことが必要ではないでしょうか。
図:参加者の意見に基づくビジョン項目のグループ分け(クラスタ分析)
(各項目に付した番号は、平均点の順位)【報告書P26より】
―この点、山西さんはどのようにお考えですか。
山西:会議では、気候変動の理由や将来予測など、デメリットとメリットを含めて、様々な視点から考えていただいた結果、1/3の方から達成時期の前倒しという意見が出てきたと考えています。しっかりと考えれば、ある程度の方は理解してくださるのは心強いと感じました。具体的な取り組みを見ていくと、事業者の方に取り組んでもらいたいという傾向が強く出ているのを感じました。私も一市民なのでその感覚は分かります。私自身、民間企業で働いていた経験がありますが、企業の視点でみると(環境に配慮した)製品やサービスをつくってもなかなか売れなかったり、消費者の方に気づいてもらえないことがあります。その辺りが、企業の立場からすると悩ましいのではないかと思います。地球環境戦略研究機関(IGES)が公表した資料では、再エネ比率の高い電力会社への切替等、市民のライフスタイル変革が、企業のサービスを提供する仕組みを変えていき、脱炭素にもつながるという研究が報告されています※。まずは事業者から取り組むべきという意見もありますが、一人一人の行動は無駄ではなく、このような機会に市民の皆さんにも取り組んでいただくことの大事さを伝えていかなければと感じました。
※地球環境戦略研究機関『1.5°Cライフスタイル―脱炭素型の暮らしを実現する選択肢』(2020年1月)。「札幌市気候変動対策行動計画」のP55でも紹介されている。
―第1部のQ&Aとして「例えばどのような情報提供が検討されていますか」という質問がありましたが、いかがでしょうか。
山西:例えば、建築物や住宅はイニシャルコストがかかってしまいますが、建物自体は30〜50年持つものであり、ZEH(ゼッチ)※のようなものができると、光熱費が下がり、トータルのコストはかかりません。それを一般の方々はなかなか知りませんし、例えば省エネ性能50%といっても、なかなか分かりません。そこでお金に換算すると理解しやすいと考えまして、札幌市では建物の環境性能を光熱費に置き換えて説明する取り組みを既に実施しています。また、光熱費以外にも健康面や災害時に役立つ等の側面を一緒に織り交ぜて説明すること、イニシャルコストも国の補助金やそれに合わせた市の事業者向けの補助金等の情報を伝えていくことが方法としてあります。
※Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略で、「外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅」。(経済産業省HPより)
―ここから少し話題を変えて、論点2「エネルギー」、論点3「移動と都市づくり、ライフスタイル」にいきたいと思います。「Q4:住宅の省エネルギー」や「Q6:再生可能エネルギーの導入拡大」について、例えば住宅メーカーや発電事業者等、供給側の取り組みに期待する意見が多数を占めました。逆に市民、消費者の役割はそれに比べると小さくなっていたように思います。この点について、まず先程の続きで原さんに伺います。市民が製品やサービスの供給側に期待し、それらを選択する形で脱炭素化できるという考えについて、どうご覧になりますか。
原:それは一つの選択としてあり得ますし、全体としてEVや水素自動車を含めて、日本を含めた世界全体が脱炭素の方向に向かっています。一つ問題なのは、それらの製品にはインフラ整備がセットでつくということです。もしも現在のライフスタイルを変えないで、車からCO2を出さない方向に乗り換えていった際に、では公共交通はいらないのかという話にもなります。そのような社会があり得るのか、それとも、少しライフスタイルをチェンジしてマイカー依存とは別のかたちでの社会をつくるのか。いずれにせよ、都市政策としてのビジョンを札幌市はある程度出す必要があると思います。CO2削減に関しては、個々の意見がバラバラになっている背景には、それぞれが置かれている個人属性が強く影響していると思います。比較的交通の便のよい人たちは、公共交通の変化に対応できるし、所得層の高い人は早くからEVや水素自動車にインフラが整ってきたらどんどん変わっていけると思います。移動と都市づくりだけに関して言えば、3つの選択肢(①車を脱炭素化する、②移動手段を転換する、③移動を回避したり減らしたりする)をすべて実行し、個々人の状況に応じて自分が選択したものを実行できる環境をつくることが効果的だと思います。ただ、都市交通政策としては、マイカー中心で進めるのか、公共交通や自転車を含めたものにするのか、これにはインフラの整備が必要です。結果的に30~50年の時間がかかりますから、この政策決定はどこかで行う必要があります。
―個人レベルでの選択も、都市規模のレベルでの選択も必要だというお話でした。久保田さんはいかがお考えでしょうか。
久保田:原さんがご指摘のように、個々人の取り組みと政策レベルの両方が必要だと思います。第1部の中で、エンドユーザーよりは上流で対策を取った方が合理的ではないかという話がありました。問題はそのエンドユーザーとしての私たちがそのことを理解した上で、行政や事業者に対策を求めていくことで、その役割分担について理解を広げていくことが重要だと思います。「Q7:移動と都市づくり」は他の選択肢と比べると意見がすごく分かれていまよね。それは、事業者も市民も全て実行しなければ解決できないと参加者の方が感じたのではないでしょうか。ただ、例えば今回は電源構成(発電の種類とその割合を示したもの)まで十分に情報提供して議論したわけではありません。そこが少し課題だったように思います。我々の社会経済的な負担が現在とどう変わるのか、インプットの仕方によっては判断が変わっていきますが、その部分の議論がじっくりできていたわけではありません。今後会議を続けるのであれば、その点を深めていきたいです。
―やはり今回の気候市民会議の議論だけでは、インプットという意味でも会議の中の議論という意味でもまだまだ入口で、深く踏み込めなかったということかもしれません。今の話の前半で市民と行政の役割分担という話もありました。山西さんはこの結果について、どのようにお考えでしょうか。
山西:論点2、論点3については札幌の地域特性が少し出ていたように感じました。例えば住宅の省エネについて、積雪寒冷地が冬寒いのは、参加者の皆さんが感じているところで、暖かい家がよいという考えは、皆さんからの賛同を得られたと思います。Q1においても、「再生可能エネルギーの拡大」や「蓄電池の普及と防災」等の項目は、参加者の支持が強く、意見の散らばりが小さい「第1グループ」に入っていました。おそらく胆振東部地震のときにブラックアウトして困ったという経験がまだ皆さんの中にあり、実際そのような意見を出してくれた方もいました。市民や事業者の役割分担に関して、まずは事業者が取り組むべきという話がありました。市としてはそのような取り組みを後押ししたり、事業者と連携することも重要だと考えています。事業者への後押しは、先程説明した住宅やビルの省エネ性能の見える化や、ブラックアウトした際に、札幌の公用車の燃料電池自動車を電源(充電サービス)として活用した例もあります。それを契機に、札幌市の4メーカー、販売店11社と災害協定を結び、防災訓練でのPR等をしています。そのような一つ一つの取り組みを着実に行っていきたいです。
―論点2、論点3の結果について、岡崎さんはどのようにお考えでしょうか。これらの論点では特に市民、行政、事業者の役割分担が話題になっているわけですが。
岡崎:役割分担といったときに、きっちりと分かれるわけではないと思っています。今回の選択肢に関して言えば、私たち市民の役割に関する記述が限定的だったように思います。使い手である市民には、必要なことや足りないことを供給側や自治体に伝えていく役割があります。その点が今回の設問の中にはなかったように感じました。また、先程の山西さんから事業者の方との連携の話があったように、需要側に事業者や行政がどんなことをしているかを伝えて、それをフィードバックする仕組みが行政には求められていると思います。
江守:おそらく集まった参加者20人は、これだけの情報提供を受けて質問や議論をしているので、自分たちに行動の選択を委ねられれば、脱炭素の選択をするでしょう。ただし、一般の方の場合、簡単にはいかないように思います。参加者としては、そうしたことも認識した上で、誰が選択しても全体として脱炭素の方向に進むような製品やサービスなどが提供される必要がある、という現実的な判断をしたのではないでしょうか。
―自分自身の選択を考える視点、社会全体で選択が進んでいくという視点の両方を参加者の方は持ち、議論していたのではないかということですね。今の話に関連する質問を視聴者の方から頂いています。質問は「気候変動問題に対する参加者の知識、意識がどういうものだったのかをまず確認すべきではないでしょうか。ヨーロッパなどに比べ日本はまだまだ意識が低いのではないかと考えられ、無作為抽出の参加者だとばらつきが大きかったのではないでしょうか」というものです。
江守:例えばフランスの気候市民会議の結論はすごくラディカルで、憲法改正や国内の飛行機を止める、といった意見がいろいろ出てきたと伺っています。それに比べると、今回の札幌の皆さんの議論はおとなしかったように思います。それが元々の市民全体の脱炭素に対する認識のレベルにある程度影響を受けていると言われれば、そうかもしれません。一方で、この気候市民会議の取り組みはこれまで関心が無かった人も含め、むしろそのような人たちを多く集め、情報提供を行い、質問をして議論してそれで何が出て来るのか、というところに意義があったと考えています。
―質問はここで集まった20人の方々が社会の中でどのような位置を占めるのか、という問いかけでもあったと思います。久保田さんはどのような印象をお持ちでしょうか。
久保田:私は環境関連で、市民が集まって意見交換する場を自ら開くこともあります。当然ですが、そういうところには関心のある方しか来ません。それに対して、ミニ・パブリックス※の意義は全くそうではない普通の方が大多数であるという点にあります。それは、環境に関心がある方が集まる場とどう違うのか。そこはやはり非常に興味があるところでした。先程のご質問のように、意識や関心がヨーロッパと比較して低いというのは、確かに平均したらそうかもしれません。一方で、関連する情報提供がまだまだ足りないということを、仕事柄、反省しながら聞いていました。また、行政がこのような計画をつくる際は、パブリックコメントを公募して意見を反映するプロセスを取ります。ただし、通常は計画策定の最後の段階で行いますので、計画を止めるような意見が出ても簡単には反映できません。それに対して今回は政策を作り始めた1年半ぐらい前の段階で、無作為での市民との意見交換の場をつくられていたように思います。そういった政策に関するコミュニケーションがもっと必要で、特に気候変動対策は市民や事業者の多くの方が参加してもらわないといけない話だと考えています。
※気候市民会議のように、無作為抽出などの方法を使って、ある社会の縮図となるよう一般の人たちを十数人から数百人集めて話し合いを行い、その結果を政策決定などに用いる市民参加の手法の総称。
―質問者の方への回答としては、参加者の意識や知識がそのような議論や対話の場に参加することで変わっていく、成長していく側面があるということになると思います。
―最後にパネリストの方々に一言ずつ、ここまでのディスカッションを踏まえて、今回の気候市民会議さっぽろ2020の結果から何を読みとって生かしていけばよいのか。お願いします。
山西:今回投票で皆さんの意見をまとめましたが、その一つ一つの意見が非常に大事で、なぜそのような意見に至ったのか、しっかりと読み解いて活用する必要があります。そこには、投票結果からは見えてこない、気をつけたほうがよい視点が入っています。それは、他の自治体で同様の会議を行う場合や、市民意見を取り入れる際に重要になります。もう一点、報告書の中に気候変動対策に取り組む若者たちにも話を伺ったとの記述がありました。そこで言われていたのが、「気候変動を自分事として捉えて欲しい」ということです。何か明日から行動してみたり、少し考えたりする時間や機会を持っていただければと思います。
岡崎:札幌市は、情報発信・提供について、かなり一生懸命取り組んでいます。ただ行政の取り組みはみんなに広く伝える必要があり、なかなかそこが難しい点だと思います。一方で、必要としている人がすぐに知りたい深い話もしなくてはいけません。それは、札幌市の環境局だけが発信するのではなく、他の分野、例えば健康や福祉等、それ以外の分野もうまく盛り込むとよいと思います。先程市民の意識が低いという話がありましたが、課題はたくさんあるので、気候変動だけを強く意識して考えるのはなかなか難しいと思います。そのためには行政の中での調整等、庁内のコミュニケーションも重要ではないでしょうか。また、取り組みの優先順位について、気候変動以外の政策や、お金の問題等、いろいろと限られている中で、何を大事にして何から順番に実行していくのかをみんなで議論していくことが重要だと考えています。
原:比較的支持が強くて意見の散らばりが少なかったビジョン(第1グループ)について、都市交通問題で言えば「CO2を排出する車に対する規制」「電気自動車等の普及」「公共交通機関の充実」辺りですが、これらにはコストとインフラの整備が一緒についていることを理解しないといけません。一方で、支持が弱くて意見の散らばりが大きいもの(第3グループ)には「自家用車の利用削減と脱マイカー社会」や「現在と変わらないライフスタイル」がありますが、私自身は、現在と変わらないライフスタイルは無理ではないかと考えています。第1グループの意見についても取り組む必要がありますが、やはり個々のライフスタイルの変更について、情報提供して意識が高まることと、そこから行動に移すことはかなり別の次元になってきます。そのため、行動に移すきっかけをどうつくっていくのかが非常に重要になってきます。もう一つ、比較的支持が高かったのが学校教育です。札幌市は教育の大きな目標として、読書、環境、雪が入っており、現在小学4年の社会科では必ず5時間、除雪の授業を行うことになっています。教育システムの指導要領の中にこのようなビジョンを組み込んでいくことが非常に重要です。
久保田:気候変動に関する対策には必ず負担が伴います。それが負担なのか、将来への投資なのか、しっかりと議論して情報発信していくことが、賛同を広めていく為に必要だと思っています。気候やエネルギー対策を考えていくことは、20~30年先の私たちの暮らしや仕事への投資を考えることです。最近はESG投資等に日本の銀行が舵を切り始めていますが、それが普通の市民の生活となかなかつながっていません。そのような現状を私たちがしっかりと知っていくことに引き続き取り組んでいきたいと思います。
江守:今回の気候市民会議さっぽろは、日本社会の中でこのテーマをみんなで議論して決めたい、という圧が高まっていない中で、言ってみれば我々側の押し売りのような形で取り組んできた部分があると思います。イギリスやフランスと比較すると、フランスはご存知のように、「黄色いベスト」運動※1、イギリスは「エクスティンクション・リベリオン」※2の運動があり、気候変動対策に市民参加を求めるムーブメントが非常に高まった中で気候市民会議が行われました。一方、日本ではそこまでの盛り上がりは現状ありません。しかし、最近日本でも、若い人、グレタ世代の皆さんが、「なぜ当事者である我々ではなく、大人が勝手に決めてるんだ?」という強いメッセージを発するようになってきました。そのことをきっかけに、日本でもみんなで議論して決めるべきという圧が高まってきた中で、この気候市民会議がいろいろなところで開かれるようになればと思います。その際は、我々もお手伝いしたいと思うので、ぜひこの会議を参考にしてもらいたいです。
※1 「黄色いベスト」運動:燃料価格高騰と燃料税引き上げを契機として、2018年秋から2019年にかけてフランスで起こった市民による政権への抗議運動。この運動をきっかけとして気候変動対策への市民参加が求められ、後の気候市民会議の開催につながった。
※2 エクスティンクション・リベリオン(Extinction Rebelion):2018年にイギリスで始まった環境保護運動で、世界各国の政府に気候変動対策を求めている。イギリスにおける要求の一つとして、政府が気候市民会議に基づいて気候変動対策を決定することを掲げている。
―まさに皆さんにお持ち帰りいただけるメッセージとして「気候市民会議をみなさんのまちでも開いてみませんか」という話だったと思います。
―ここで第2部のディスカッションを受けて、RCE北海道道央圏協議会会長である酪農学園大学教授の金子正美さんからコメントを頂きます。
金子:私たちRCEではSDGsを地域で実現するための活動に取り組んでいます。SDGsには17の目標があり、その下に169のターゲットという具体的目標があります。さらにその下には232の指標(インディケーター)があり、これによって目標の達成状況を評価します。昨年、持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)が出した評価を見ると、17項目の内、日本で達成されていない目標は、「5 ジェンダー平等を実現しよう」、今回のテーマでもある「13 気候変動に具体的な対策を」、「14 海の豊かさを守ろう」、「15陸の豊かさを守ろう」、「17 パートナーシップで目標を達成しよう」となります。これに関連して、先程岡崎さんから複合的に取り組む必要があるというお話がありました。SDGsはそもそも縦割りではなく横串を指し、全ての項目に関係することに取り組まねばなりません。そのため、多分野にまたがって評価をしていく必要があります。もう一点、札幌市の山西さんから「自分事になっていない」という話がありました。
そのためには、グローバルな目標をローカライズしていく努力が必要です。その取り組みとして、私は3点挙げたいと思います。1つ目は、多分野にまたがった評価を実施していくこと。2つ目はグローバルなものをローカルに落とし込んでさらに定量的な数値目標を作ってモニタリングをすること。3つ目は、ICTによる情報の可視化、共有化によって市民参加を促進していくことです。この点は、市の方に様々なステークホルダーの方が情報をやりとりできるようなハブの構築をぜひお願いしたいです。以前、“Think Globally, Act locally”ということが言われましたが、アメリカの図書館協会には“Build locally, Share globally”という標語があります。これは、地域で活動する、創り上げるという意味での“Build”、情報をグローバルに“Share”することを意味しています。そのような発想で、まずは地域で活動していく流れで進んでいけば、未来も少しは明るいのではないでしょうか。
―次に何を考えていくべきかについて3つの大きな柱を示していただきました。これまでのパネルディスカッション、金子さんのコメントを通じて、札幌市でどのような方針やスピード感で、何を大事にしながら脱炭素社会を進めていくべきなのか、会議の結果から多くのことを読みとれそうだと改めて感じました。とりわけこの問題についての情報提供、情報発信の必要性がこの会議で強調されたのは、多くの札幌市民が確かな情報を得てこの問題を考えていきたいという意思の現れではないでしょうか。この気候市民会議という方法に関して、今後札幌でも活用の可能性を探っていきたいと思います。
(シンポジウムは北海道大学の会場を拠点にして、オンラインで開催されました。進行は三上研究代表が務めました)