プロジェクト

「科学・公民」教育としての気候市民会議プログラムの開発

研究プロジェクトの目的

日本を含む世界中の国々が、脱炭素社会への移行を緊急の課題として位置付けています。社会・経済の構造的な変革を必要とする脱炭素目標の達成のために、「科学教育」はどのような貢献ができるでしょうか。

一つの方向性は、人々が気候変動対策の必要性を理解し、社会全体の変革に対する受容度を高めることに資することです。そのために現在、様々な分野で気候変動対策を働きかける人材を増やしていく動きが加速しています。新しい学習指導要領においても、児童生徒個々人が「持続可能な社会の創り手」となれるよう教育の充実が要請されています。科学教育研究の蓄積は、このような教育分野に応用可能であることは言うまでもありません。特に多彩なプログラムや教育のためのツール開発の実績は、気候変動問題への応用可能性が大きいと言えます。

一方で、脱炭素社会実現のための教育プログラム開発には、従来の科学教育の知見を超えたさらなる飛躍が必要です。脱炭素社会の実現のためには、エネルギーや産業・建築物・輸送など生活の基盤となるあらゆる分野で、化石燃料使用を前提とした現在の社会システムを、抜本的に変革する必要があります。このような正負両面にわたるインパクトが大きく、正解が定まらない状況においては、多くの人がその政策に納得し、行動変容を行うような参加型で包括的な意思決定の仕組みが欠かせません。この重要性は、IPCC第6次評価報告書でも「衡平性への配慮や、全ての規模における意思決定への全ての関係者の幅広く有意義な参加は、社会的信頼を築き、変革への支持を深め、広げうる」と指摘されたとおりです。

そのような意思決定の取り組みのひとつとして、注目を集めているのが気候市民会議(climate assembly)です。気候市民会議は、欧州や米国を中心に1990年代から実践されてきたミニ・パブリックス(mini-publics)の手法を、気候変動政策の立案や決定に本格的に応用したものです。気候市民会議では、一般から無作為に選出された数十人から数百人の市民が、専門家によるバランスのとれた情報提供を受けつつ、数週間から数カ月かけて気候変動問題について議論し、政策提言をとりまとめます。国内においては2020年〜21年にかけて、札幌市および川崎市で全国に先駆けて気候市民会議が行われました。その成果も踏まえて、2022年に東京都武蔵野市や埼玉県所沢市で行政が公式に主催する気候市民会議が開催され、2023年以降も各地で会議が開かれています。

本研究では、日本でも自治体において実践が広がりつつある気候市民会議の設計やムーブメントを下敷きとして、科学教育での蓄積を念頭に置きつつ、主に高校教育における「公共」への転用の可能性を模索し、科学教育の可能性の拡張を目指します。その上で、民主主義に基づいた脱炭素社会への移行に資する教育プログラムを開発することを目的とします。このようなプログラム開発をふまえ、脱炭素社会への転換に資する形で、気候市民会議を中心とした参加や熟議のしくみを活用する方法を提案することにより、社会的波及効果として、地方自治体の環境教育や脱炭素に向けた取り組みに知見を還元することも目指します。

研究を構成する3つの要素

本研究では、次の3つの要素に集中して研究を行います。

【A】民主主義と公共の観点からの気候市民会議の理論的検討
国内外で実施されている気候市民会議の実践事例を理論的に検討します。その上で、それが公共教育(市民性教育)の観点から、どのような効用と広がりを持ちうるか、科学教育といかに接点を持ちうるかについて、主に政治学・社会学の観点から分析を行います。

【B】科学教育の観点からの情報提供資料・議論ツールの作成
主に高校教育の現場で活用する気候変動問題を対象とした科学教育ツール(情報提供資料・議論ツール)を作成します。作成にあたっては研究メンバーらの豊富な実践経験を踏まえ、参加者が主体的に関わり、双方向の議論が活性化するデザインとします。また、高大接続教育・高校教育における科学教育・公共教育の実態調査を行い、プログラムの実効性を向上させます。加えて、国内の幅広い現場で、人的・金銭的負担が少なく利用できるようにするため、オンラインツール化を念頭においた設計を行います。

【C】「科学・公民」教育としての気候市民会議プログラムの開発
上記をふまえて、「科学・公民」教育としての気候市民会議プログラムを開発・試行し、幅広く高校教育現場で展開します。あわせてこのプログラムを地方自治体などの市民教育に応用することにより、社会的波及効果として、脱炭素に向けた実社会場面での取り組みへ知見を還元することも目指します。

研究メンバー

研究代表者

八木 絵香(大阪大学COデザインセンター教授、科学技術社会論)

研究分担者

三上 直之(名古屋大学大学院環境学研究科教授、環境社会学・科学技術社会論)
田村 哲樹(名古屋大学大学院法学研究科教授、政治学・政治理論)
村上 正行(大阪大学全学教育推進機構教授、教育工学・大学教育学)
水町 衣里(大阪大学社会技術共創研究センター准教授、科学コミュニケーション論・科学教育)
川上 雅弘(京都産業大学生命科学部准教授、科学コミュニケーション・科学教育・生命倫理・動物発生工学)
江守 正多(東京大学未来ビジョン研究センター教授、地球温暖化の将来予測とリスク論)

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本プロジェクトは科研費の支援を受けて行います。

科研費基盤研究(B)「「科学・公民」教育としての気候市民会議プログラムの開発」(23H01020)
2023年4月〜2026年3月(予定)
研究代表者:八木 絵香
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23H01020/