2015年のパリ協定採択以降、温室効果ガスの排出を今世紀半ばまでに実質ゼロとする目標が、国際社会で急速に共有されてきました。日本政府は2020年10月に2050年排出実質ゼロの目標を宣言し、それに先行して同様の宣言が国内の自治体でも広がっています。この目標をそれぞれの国や地域において実現するには、エネルギーや産業、都市、建築物、輸送、ライフスタイルなど、あらゆる分野で、化石燃料の大量使用を前提とした従来のしくみを抜本的に転換しなければなりません。
このような「システム変革」の実現には、多くの人が納得して支持し、自らの行動を確実に変容させうる正当性の高い対策と、それを、将来世代の利益にも配慮しつつ「誰一人取り残さない」形で生み出す公共的意思決定の方法が欠かせません。参加型で包摂的な意思決定のための新たなしくみの一つとして近年注目され、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書でも取り上げられているのが、2019年から主に欧州で行われるようになっている「気候市民会議」です。気候市民会議とは、社会全体の縮図を構成するように一般から無作為に選出された人たちが、専門家からバランスの取れた情報提供を受けながら数週間から数か月かけて気候変動対策について議論する会議です。会議の結果は国や自治体の政策などに活用されます。日本でも2020年に札幌で初めて試行された後、各地で行われるようになっています。
欧州における気候市民会議の広がりが示すのは、公共的な意思決定をより参加的・熟議的なものとする「民主主義のイノベーション」と、脱炭素社会への転換とを同時に目指す動きです。本研究では、この潮流をかりに「気候民主主義」と名づけ、このような変革を日本社会において可能にするための条件を理論的・実証的に明らかにします。気候市民会議を始めとする参加・熟議の仕組みやプロセスを実際に活用する方法を提案することで、自治体の環境政策や地域における脱炭素に向けた取り組みに知見を還元することも目指します。
日本では2020年~21年にかけて、札幌市および川崎市で全国に先駆けて気候市民会議が行われました。その成果も踏まえて、2022年に東京都や埼玉県の自治体で行政が公式に主催する気候市民会議が開催され、2023年以降も各地で会議が開かれています。日本における気候市民会議の実施状況は、こちらの一覧をご覧ください。
本研究では、次の4テーマに集中して研究を行います。
❶気候市民会議のデザイン
気候市民会議を日本社会のシステム変革に資するように用いるため、そのデザインの一層の洗練を図ります。参加者が、会議を通じて排出削減を我が事として捉えて政策提言するためには、どのような情報提供や議論の進め方が効果的であるかについて、地域特性も考慮に入れて研究を進めます。持続的に気候市民会議が活用できるよう、気候変動や排出削減に関する第一線の専門家の知見を導入できるしくみをいかに構築するかも重要な研究課題です。共通の情報資料の開発など、組織的な専門知の活用方法を研究します。
❷熟議の質とインパクトの評価
このように実施される気候市民会議の評価も重要なテーマです。欧州の先進事例も参考にして、日本社会の実情に合った評価の手法やしくみを検討します。今後、国内で行われる気候市民会議を対象に、独立の研究者の立場で評価を行うことを通じて実践的に研究します。情報提供や参加者による議論など会議それ自体の質の評価と、会議やその結果が政策決定者や社会全体に与えたインパクトの評価の2側面から評価を行います。
❸気候民主主義の制度と政治理論
気候民主主義の可能性と課題を構想する以上、政治学・ 行政学の観点からの検討も欠かせません。気候市民会議を始めとするミニ・パブリックスを、 既存の代表制民主主義のしくみと整合する形でいかに位置づけるかについて多様な可能性を検討し、システム変革を促しうる制度化の方法を構想します。環境と民主主義に関する既存の研究を参照しつつ、気候民主主義の概念を政治理論の側面から彫琢する研究も進めます。
❹社会の中の気候民主主義
気候市民会議以外にも気候民主主義の枠組みで捉えうる多様な取り組みの研究も行います。環境社会学の先行研究が対象としてきた協働的な環境ガバナンスや、環境運動、エネルギー協同組合などの動きを、気候民主主義の概念を用いて体系的に位置づけ直すとともに、上記❸の政治理論の研究とも連携させて、この概念の肉付けを進めます。
❶〜❹の研究成果を統合して、気候民主主義を日本において可能にする条件を明らかにするとともに、会議設計・運営と評価の手法や、民主主義の制度や政治理論に関する知見の側面から、気候市民会議が日本でも広く活用される状況の創出に寄与します。
三上 直之(名古屋大学大学院環境学研究科教授、環境社会学・科学技術社会論)
❶気候市民会議のデザイン
江守 正多(東京大学未来ビジョン研究センター教授、地球温暖化の将来予測とリスク論)
八木 絵香(大阪大学COデザインセンター教授、科学技術社会論)
松浦 正浩(明治大学専門職大学院ガバナンス研究科専任教授、合意形成・都市計画)
工藤 充(金沢大学国際基幹教育院准教授、科学コミュニケーション)
山中 康裕(北海道大学大学院地球環境科学研究院教授、気候変動科学・環境教育・実践環境科学)
松橋 啓介(国立環境研究所社会システム領域室長、土木工学・都市計画)
❷熟議の質とインパクトの評価
竹内 彩乃(東邦大学理学部准教授、地域協働・再生可能エネルギー)
前田 洋枝(南山大学総合政策学部教授、環境社会心理学)
❸気候民主主義の制度と政治理論
田村 哲樹(名古屋大学大学院法学研究科教授、政治学・政治理論)
吉田 徹(同志社大学政策学部教授、比較政治学・ヨーロッパ政治)
尾内 隆之(流通経済大学法学部教授、政治学・環境政治論・科学技術社会論)
長野 基(東京都立大学大学院都市環境科学研究科准教授、行政学・地方自治論)
坂井 亮太(中央学院大学法学部准教授、政治理論・公共政策学)
西山 渓(開智国際大学教育学部講師、子ども若者の政治参加・現代政治理論)
❹社会の中の気候民主主義
茅野 恒秀(信州大学学術研究院人文科学系准教授、環境社会学・社会計画論)
青木 聡子(東北大学大学院文学研究科准教授、社会運動論・環境社会学)
寺林 暁良(北星学園大学文学部准教授、環境社会学)
池辺 靖(板橋区立教育科学館学術顧問、科学コミュニケーション)
岩崎 茜(東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教/アドミニストレーター、科学コミュニケーション)
片岡 良美(名古屋大学大学院環境学研究科博士後期課程/北海道大学大学院工学研究院技術専門職員、科学技術社会論)
郡 伸子(名古屋大学大学院環境学研究科研究員)
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本プロジェクトは科研費の支援を受けて行います。
科研費基盤研究(A)「気候民主主義の日本における可能性と課題に関する研究」(JP23H00526)
2023年4月〜2027年3月(予定)
研究代表者:三上直之
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23H00526/
12月1日に科学技術社会論学会第23回年次研究大会でオーガナイズドセッション「気候市民会議の多様な開催を考える」を行います
NHKクローズアップ現代で気候市民会議について紹介されました
信濃毎日新聞に茅野恒秀・信州大学准教授へのインタビュー記事が掲載されました
9月3日にウェビナー「気候変動対策と市民参加の展望」 でお話しします
「気候市民会議まつもと」の開催について信濃毎日新聞で紹介されました
坂井亮太・中央学院大学准教授が日本公共政策学会の2024年学会賞(論説賞)を受賞しました
7月27日に公開講座「ミニ・パブリックス:くじ引きと熟議による自治体政策のつくりかた」 でお話しします
[終了] 3月19日にStephen Elstubさんを招いて「名古屋大学-ニューカッスル大学 交流研究会〜民主主義と代表、環境の問題を中心に〜」を開催します
[終了] 3月13日・15日に「気候市民会議と気候民主主義に関する研究会」を開催します
「気候市民会議は社会を動かせるか」がNIRA総研から発行されました
[終了 録画公開中] 3月14日に「 気候市民会議 実践ワークショップ〜日本と英国の地域における開催事例を中心に〜」を開催します